男の脳だなと思うとき
最近、マゾ調教を受けている女性のブログをときどき読みに行きます。
私の立場からいうと、純粋に女装を楽しんでる方のブログや、自分で積極的にニューハーフや性再適合の道を選んでるかたのブログよりは、自分に立場が近いかなと思うこともあります。
ただそういう女性の方ってだいたい御主人様と別に暮らしてるのが多いのがまたちょっと違うんですけどね。
でもいろんな面で共感できる話が多かったりします。
そんな女性たちのブログを読んでいて、ブログというか日記の書き方がちょっと自分とは違うなと気がついたことがあります。
これはMの女性のブログに限ったことではないんですけどね。
彼女たちのブログって、読んでる人のことをあまり意識しないで、自分のそのとき見たものや感じたものをパッて書いてて、人が読んで、何でここでこんな話が出てくるのか理解できるかどうか、あまり考えてないのが多いですよね。
よくも悪くも徹底的に主観的というか。
若い子だと記事の半分以上擬態語とギャル文字だけとか。
自分のブログを読み返してみると、それとは正反対に、自分のことをできるだけ客観的に、しかも筋が通るように説明しようとしている気持ちが強く働いているのが分かります。
これってやっぱりすごく男性的な感覚だなと思います。
もちろん女性にもそんなふうに文章を書く人は多くて、特にビジネスのときはそうでないとこまるんですけど。
でも、こういところにう脳の面で、自分が男性であるというのが、はっきり出るんだなと思いました。
ある意味で、一貫性がなければいけないという規範に、男としてがんじがらめに捕らわれているのかもしれないなと思いました。
そして、その違いに気がついたとき、ある物が今日は大好き♡ で、 明日はその同じものが嫌、その間の理由の説明は何もいらない、そんな感覚でOKというように自分を解放するのも楽しいなと思えてきました。
このブログもそんなふうにアップするようになっていくのかもしれません。
なんてわざわざ説明するのもやはり男性的といえば男性的ですけど、というわけで、これからしょーもない記事のアップもあるかもしれません。
私の立場からいうと、純粋に女装を楽しんでる方のブログや、自分で積極的にニューハーフや性再適合の道を選んでるかたのブログよりは、自分に立場が近いかなと思うこともあります。
ただそういう女性の方ってだいたい御主人様と別に暮らしてるのが多いのがまたちょっと違うんですけどね。
でもいろんな面で共感できる話が多かったりします。
そんな女性たちのブログを読んでいて、ブログというか日記の書き方がちょっと自分とは違うなと気がついたことがあります。
これはMの女性のブログに限ったことではないんですけどね。
彼女たちのブログって、読んでる人のことをあまり意識しないで、自分のそのとき見たものや感じたものをパッて書いてて、人が読んで、何でここでこんな話が出てくるのか理解できるかどうか、あまり考えてないのが多いですよね。
よくも悪くも徹底的に主観的というか。
若い子だと記事の半分以上擬態語とギャル文字だけとか。
自分のブログを読み返してみると、それとは正反対に、自分のことをできるだけ客観的に、しかも筋が通るように説明しようとしている気持ちが強く働いているのが分かります。
これってやっぱりすごく男性的な感覚だなと思います。
もちろん女性にもそんなふうに文章を書く人は多くて、特にビジネスのときはそうでないとこまるんですけど。
でも、こういところにう脳の面で、自分が男性であるというのが、はっきり出るんだなと思いました。
ある意味で、一貫性がなければいけないという規範に、男としてがんじがらめに捕らわれているのかもしれないなと思いました。
そして、その違いに気がついたとき、ある物が今日は大好き♡ で、 明日はその同じものが嫌、その間の理由の説明は何もいらない、そんな感覚でOKというように自分を解放するのも楽しいなと思えてきました。
このブログもそんなふうにアップするようになっていくのかもしれません。
なんてわざわざ説明するのもやはり男性的といえば男性的ですけど、というわけで、これからしょーもない記事のアップもあるかもしれません。